——どの曲もいったん、みんなで演奏してみるんですか?


曲を書いた人によって違うね。岡田君は「ここはこう弾いて」と指定して、そのパーツを持って帰って家で作る。くじらと鈴木博文の曲は、一度みんなで演奏してみたほうがいい。作者はイヤかもしれないけど(笑)。どんどん形が変わっていくんで。でもあとで聴くと、それが面白い作品だったりする。


——慶一さんの曲は? 例えば3曲目の「Mt.,Kx」(作詞・作曲/鈴木慶一)とか。


私の曲は完全にフレーズだけが決まってて、この曲なんかは特にそうだね。どういうリズムにして、どういうベースにして、どういうキーボードを入れて、そういう断片的なイメージが漠然とある。でもみんなに任すよ。偶発の素晴らしさを待ってるんだ。


——どこかロシア民謡みたいな雰囲気がありますね。バラライカみたいな弦楽器や、メロディーの不思議な歌い回しも印象的です。


あれはマンドリンにシンセをかぶせている。この曲は、もともとアニメのサントラのために書いた曲なんだが、制作者側の意向で、違った雰囲気のものにしたいということになって、サントラでは使われなかった。でも、いい出来だと思ってて。もとはアニメ用の歌詞があってそれに合わせて曲を書いた。それが功を奏して独特のメロディーになったんだよね。歌の語尾は、インド人のビブラートを波形で検出して、それを参考に書き変えてる。ただ、もとの歌詞のイメージが強いから、改めて歌詞を作るのが大変だった。次の岡田君の曲もそうだけど。


——「ハロー マーニャ小母さん」(作詞/岡田徹、鈴木慶一 作曲/岡田徹)ですね。岡田さんのヴォコーダーと牧歌的なメロディーが組み合わさって、どこかお伽噺っぽい感じがします。


岡田君の仮歌に入ってた歌詞から離れて、新しい詞を考えるのが大変だったんだ。でも、地震がなかったら、こんな歌詞は書かなかったと思うね。


——一見、のどかな感じですが、何か震災と関係あるんですか?


〈マーニャ〉はキュリー夫人の子供の時の名だよ。


——科学者の? はー。全然、想いも寄らなかったです。(ちょっと調べて)〈放射能(radioactivity)〉という言葉を発案した人なんですか。では、〈アルフ小父さん〉は?


アルフレッド・ノーベル。〈ロバート小父さん〉は原爆の父と言われているロバート・オッペンハイマー。原爆を開発した後、反核兵器派になった人だね。次の〈アルベルト小父さん〉はアインシュタインだよ。あんまり地震のこととか原発のこととか、そういうのを前に出して歌うつもりはなくて、とくにこの曲は楽しい曲だしね。だから、そういうのは裏のステイトメントとして隠して入れておこうっていう感じだよ。


——「便利になるほど お菓子が食べられる/便利になるほど おかしなことになる」。科学の発達で社会が便利になったことが良かったのかどうか。


そう、こういう便利な世の中ってどうなのよ?って過去の科学者に質問したい。


——それは科学者の命題ですね。そこから一転して、次の「Pain Rain」(作詞作曲/かしぶち哲郎)は、かしぶちさんらしいロマンティックなバラードです。


ちょっとアジアになっていく感じかな。大正琴とか月琴を使っているし、メロディーもアジアっぽい旋律で。月琴は私が買ったのを持っていった。前に「かんかんのう」のことを調べていたら、月琴を弾いている「かんかんのう」があって、面白いと思って通販で買ったんだ。岡田君が子供の頃に大正琴を弾いていたというんでじゃあ、やってもらおうってことになって。この曲では私はコーラスでしか参加していないけど、「こんな楽器を使ってみたら」とか、そういう楽器のアイデアを出したり、時にはチューニングしたりもする。ますます、ジョージ・マーティンなわけですよ。「ボーイズ、大正琴のチューニングしておくよ」って感じで(笑)。


*かんかんのう:
江戸時代に流行した歌と踊り。意味不明で言葉の響きを楽しむナンセンスな歌詞が特徴。


——「折れた矢」(作詞・作曲/鈴木博文)のパートを見ていると、博文さんが〈Junk TRC Boad〉という楽器を使っていますが、これってどんな楽器なんですか?


それは壊れた看板だよ。スタジオの外に落ちていた看板を叩いてる(笑)。あと、夏秋(文尚)君が差し入れを持ってスタジオに遊びに来たんで、じゃあ、何か叩いていきなよ、って、その辺に集めてあったガラクタのなかから、壊れたシンバルを叩いてもらった。


——廃品利用はムーンライダーズ・サウンドには欠かせませんもんね。この曲では、博文さん、武川さん、慶一さんの3人がヴォーカルをとっていますが、今回のアルバムでは、複数のメンバーが順番に歌ったり、一緒にハモッたり、とにかく、いろんなところから、いろんな声が聞こえてきますね。


活動休止が決まる以前、このアルバムの最初のミーティングで、自分の曲は自分が歌いたいって言い出したメンバーがいたんだ。それはひとつの制約になるわけだから悩んだね。休止が決まった後は逆に、最後だから私一人で歌ったほうが良い、っていう案もあった。そこをどうするか考えた時に、できるだけ皆さんに歌ってもらって、必ず私が参加することにしようと。そうしないと、ソロの集合体みたいになってしまうから。それに二人の声がユニゾンで混ざると誰の声かわからなくなるんで、それを狙ったところもあるね。デュエットと歌い分けの両方を使うんだ。ザ・ビートニクスだね。


——いってみれば、折衷案をクリエイティヴに発展させたという感じですね。さすがジョージ・マーティン(笑)。


民主的にやるっていうのは、なかなか難しいことなんだよ。35年間民主的にやってきたのは、実に手間暇かかることだった。この曲では、出だしが私で、2番がくじら(武川)で、最後は鈴木博文順番に歌うとか、ヴォーカリストが代わるっていうのは、すごくザ・バンドを彷彿させるんだよ。ヴォーカリストが代わることによって、歌の主人公が代わる感じがする。それがシアトリカルな感じになるんじゃないかと思う。このアルバムでは、それを徹底的にやったんだ。


——次の「Masque-Rider」(作詞・作曲/白井良明)は、良明さんにしてはメロウなバラードですね。イントロのディジュリドゥも独特のムードがあって。


「旅の予感」とか「夢ギドラ85」とか良明のバラードのパターンというのがあって、それを逸脱したサウンドにしたいっていうのが大きなテーマだったね。良明のほうから「ディジュリドゥを入れたい」という話があって、それは良い方法だなあと思った。またしても『最後の晩餐』的だね。「犬の帰宅」だ。あと、良明の声には特徴があるので、「少し甘めに、しっとりした感じで録ってほしい」ってエンジニアに頼んだんだ。非常に良い曲なので。しっとりいけばいいなと。


——「折れた矢」「Masque-Rider」と、じっくり聴かせる曲がアルバム中盤にあって、そこから「オカシな救済」(作詞・作曲/鈴木博文)で、また風景が変わりますね。


これはもう、本人曰くアル・グリーンだね(笑)。このソウル・ミュージック寄りの感じって、鈴木博文の持ってるものなんだよ。メンバーそれぞれに特徴があって、白井がバラードを書くとどこか複雑なコード展開になるし、岡田君が書くとわりとブリティッシュなコード進行、かしぶち君は、ユーロ、くじらが書くとトラッドっぽくなる。そういう個性をジョージ・マーティンは完全に掴んでいるわけだ。


——ということは、とっても博文さん的な曲なんですね。


そう。でも、普通にソウル・ミュージックっぽくなっちゃつまんないんで、東京中低域のホーンを入れた。ホーンはソウル・ミュージックで使われるけど、東京中低域のホーンはソウル・ミュージック的なフレーズじゃないんだよ。最後にファルセットで歌うのは、ローリング・ストーンズ「フール・トゥ・クライ(愚か者の涙)」のイメージだね。「フール・トゥ・クライ」が入っているアルバム『ブラック・アンド・ブルー』は、確かメンバーの5人だけで演奏していてゲストなしなんだよ。だから、エレクトリック・ピアノもミック・ジャガーが弾いてたりして、そのへんがいいんだよ。その感じを出したいなと。だから、エレクトリック・ピアノを岡田君が弾いて、私はボックスのオルガンでワウかけて、向かい合って弾いてね。スタートの時点では非常にスライっぽい。そこに弦が入るとアル・グリーンになって、さらに東京中低域のホーンが入ると、普通のソウル・ミュージックとは違った雰囲気になっていく。


——「弱気な不良Part-2」(作詞・作曲/武川雅寛)は、またワールド・ミュージックっぽい雰囲気の曲ですね。シタールやヴァイオリンの旋律がアクセントになっています。


そうだね。シタールを入れようっていうのは白井のアイデアだったと思う。シタールを入れる前に、そういうワールド・ミュージック風のフレーズを曲のところどころに入れてたんだけど、そこに後でシタールをかぶせていったんだ。間奏はまた「4分の7拍子で行こう」と鈴木博文が言って、間奏の部分は別に録音して違う景色を作ってはめ込んでみた。そしたら、ものすごい不思議なサウンドになった(笑)。


——力強いスキャットで始まる「主なくとも 梅は咲く ならば(もはや何者でもない)」(作詞・作曲 鈴木慶一)は、まさに〈男達の挽歌〉って感じの曲です。ライダーズの〈労働者ソング〉の完結編みたいな趣もある。


これは荒々しい演奏でいきたいなと。荒々しくやることによって、なんか無国籍感が出るだろうなという意識はあるんだよ。さっきも言ったけど、英米のポップ・ミュージックからちょっと外れた音、ヨーロッパのロマが絡んでるような、そういう荒々しさに通じるものを出したかったんだ。


——「ヤラヤ ヤレヤレ〜」って不思議なスキャットですね。ちょっと民謡のようでもあり。


「ヤ」と「ラ」を混ぜるとブラジル音楽っぽくなるらしい。それを森山良子さんのレコーディング(『すべてが歌になっていった』)で、サックス奏者のスティーヴ・サックスさんから教えてもらったんだ。「ヘイ・ジュード」とか「ダンス天国」とか、英米のポップスのスキャットでは「ナナナー」って「ナ」が多いけど、ブラジルでは「ヤ」と「ラ」を混ぜるんだ。


——慶一さんが近年、取り組んでいるオノマトペ(擬音語)研究の最新成果ですね。


そうそう。国によって、スキャットって変わるみたいだね。サブタイトルは、イラストレーターの矢吹申彦さんと飲んでて「もはや何者でもないんだなあ」と呟やいたのを、あ、それいただきますって。


——「ラスト・ファンファーレ」(作詞・作曲/かしぶち哲郎)は、タイトル通り壮麗なファンファーレから始まりますね。そろそろクライマックスが近づいてくる感じです。


かしぶち君から電話がかかって来たんだよ。「JCBホールでライヴをやった時(09年11月28日)に使った、あのファンファーレの曲って何だっけ?」って。あのライヴの冒頭で、アーロン・コープランドの「庶民のためのファンファーレ」をかけたんだ。70年代の頃、ストーンズが登場する時に、この曲を使っていたことを思い出して。それが、この曲のイントロのイメージになったんじゃないかな。


——すごくドラマチックな曲ですよね。少年少女合唱団が入ってくるところは「砂丘」を思い出しました。かしぶちさんのクロニクル(年代記)だなと。


そうね。もう、全員クロニクルだから(笑)。


——そして、ついにラスト・ナンバー「蒸気でできたプレイグラウンド劇場で」(作詞/鈴木慶一 作曲/岡田徹)。最後にヴォーカルをとるのは岡田さんです。


岡田君から、ヴォコーダーを通さないで自分で生で歌いたいと。曲自体がすごいシンプルな曲なんで、私がつぶやき続けたのは「オブ・ラ・ディ、オブ・ラ・ダ」とか、イコールズとか、そのへんの60年代のブルー・ビートっぽい雰囲気が出れば最高なんじゃないかと。ポール・マッカートニーは「オブ・ラ・ディ、オブ・ラ・ダ」を録音するのにすげえ手間かけてるでしょ。あの時代に西インド諸島的なサウンドを出すのは相当大変だったろうね。その感じを出せればな、と思った。


——歌詞には活動休止に対するメッセージが込められていますね。ほかの曲にも活動休止を意識したフレーズがちらちらと織り込まれていますが、この曲が一番ストレートです。


メンバーそれぞれ歌詞を作っている時には活動休止のことは頭のなかにあるから、随所にそういう言葉は出てくるよね。本人は気付いていなくて、私の深読みで気付くこともある。で、そこで歌詞をちょっと変更することもあるわけだ。でも、1曲くらいは、活動休止なんだよって曲があってもいいんじゃないかと思って、最後から二番目に出来上がって、それをCDでは最後に持ってきた。でも、明るい曲(笑)。


——そこが良いですよね。カーニバルが賑やかに去って行くような感じで。


そうです。「また来るよ」っていう雰囲気はあるんだけど、この劇場は潰れてしまうんだ。


——「この劇場 取り壊されて/どこかに 移転することはないです」。となると、次はどんな形で巡り会えるんでしょうか?


わからないな。それは何とも言えない。「今宵フィッツジェラルド劇場で」のようだね。


〈後編につづく〉